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2024.01.24

生物多様性保全活動と事業を結びつけ、継続させる──20年続くサラヤのボルネオでの取り組みを聞く

あうんエシカル百科店が、先日発表したSDGsマガジン『ソトコト』とのコラボレーション。
ソトコトが、SDGsに寄り添った事例や取り組みを取材して表彰し、広く世の中に伝えることでより良い未来とウェルビーイングな世界を共創する「ソトコトSDGsアワード」は2023年で3回目。そんな第3回目の受賞企業・団体について、あうんエシカル百科店でも全6回にわたりご紹介いきます。

今回ご紹介するのは、病院や福祉、食品関連施設から公共施設などプロの現場から、一般家庭で使うハンドソープやアルコール消毒剤、そして各種洗剤など幅広い商品を手がけている『サラヤ株式会社』。 

環境に優しい台所洗剤の「ヤシノミ洗剤」でおなじみです。サラヤは「ヤシノミ洗剤」の原料のひとつである植物油(以降:パーム油と表記)の生産地であるマレーシア・ボルネオ島の生物多様性保全活動を2004年から続けています。約20年にわたって続く保全活動のきっかけや取り組みを続ける秘訣とは何なのか。同社の廣岡竜也さんに聞きました。 

テレビ番組の取材で知ったボルネオの環境問題。

――サラヤがボルネオで生物多様性保全活動を始められたきっかけは何だったのでしょうか。 

廣岡竜也さん(以下、廣岡) きっかけは2004年のテレビ番組の取材でした。ボルネオ島で世界的なパーム油の需要増加に応えるため、原料となるアブラヤシ農園が拡大。その結果、熱帯雨林が伐採され、象などの野生動物が住処を追われていることについて、植物油を使うメーカーとしてどう考えるのか取材したいと申し込みがあったのです。 

整然と広がるマレーシア・ボルネオ島のアブラヤシ農園。

植物油を使うメーカーは私たちだけではありません。しかし1971年の誕生から「ヤシノミ洗剤」を、手肌と地球に優しい商品として販売してきたメーカーとして、その原料生産地の問題、つまり原料調達については正直なところ無意識でした。

社長が取材に応じ、正直に「ボルネオの環境破壊については認識していなかった。これからはしっかりと対策をしていきたい」と答えたのですが、発言の前半部分のみを切り取られてしまい「認識していなかった」とだけ放送されてしまいました。このことで、番組を観た多くのお客様の誤解を招き、無責任だとお叱りの言葉をいただきました。

その後、すぐに現地調査を行い、実際に環境破壊が深刻な問題になっていることが分かりました。同時に、原因となっているパーム油の使用比率は、食品関係が全体の85パーセントを占め、石鹸・洗剤は7パーセントほど。しかも石鹸・洗剤メーカーの中でも大きな企業ではないサラヤが使う量は、全体から見てもごく僅かということもわかりました。 

ボルネオゾウ。現地調査では住処を追われた象がアブラヤシ農園に侵入し、食害を起こすため銃や毒物で駆除されるなど、見過ごせない環境問題が起きていることがわかったのだそうだ。

――ほとんどが食品に使われていたにも関わらず、それでもボルネオの保全活動を始められたのですね。 

廣岡 現地の惨状を知った以上、私たちが知らんぷりをしても問題は解決されません。それに食品に比べて割合は少ないとはいえ洗剤にもパーム油を使っていますし、油を使った食品は私たちも日常的に口にしています。ならば、この機会にサラヤとして原料の調達方法から見直した、ものづくりの新しい取り組みを始めるべきではないかと考えたのです。 

「RSPO」への参加、そして「ボルネオ保全トラスト」の設立まで。

――ボルネオの自然保全活動はサラヤにとって初めての海外プロジェクトでした。どうやって現地の農家や政府との関係を結んでいったのでしょうか? 

廣岡 社長の知己に大阪大学の教授がいて、その方を通じてある人を紹介してもらいました。中西宣男さんという人で、歯科医だったのですがバックパッカーになり、中東などで活動されたのちに社会貢献について学びなおそうと大阪大学に入ったという経歴の持ち主でした。その中西さんに現地のリサーチと、農家や州政府、NPOなどとの関係構築をお願いしました。

中西宣男さん。現在は環境保全団体「ボルネオ保全トラスト」の理事を務めている。

その結果「RSPO(Roundtable on Susteinable Parm Oil)」という国際会議があることがわかりました。『WWF(国際自然保護基金)』と『ユニリーバ』が幹事となって2004年に発足したもので、「持続可能なパーム油の生産と使用を標準とする市場の改革」をビジョンに掲げています。欧州ではすでにパーム油の生産による環境破壊が大きな問題になっていたんですね。サラヤも2005年に日本に籍を置く企業として初めて参加しました。 

――「RSPO」の参加以外では、どのような活動をされていたのですか。 

廣岡 最初は、野生生物局と協力し、傷ついた象の救出・治療活動からでした。その活動を続ける中で、環境破壊によってオランウータンが川を渡ることができずにいるといった新しい問題も見つかりました。この解決策として日本で使われていた使用済み消防用ホースをボルネオに送り、橋を作って川にかけ、オランウータンが移動できるようにしました。

ボルネオオランウータン。1日のほとんどを樹上で生活しているため、熱帯雨林の減少は死活問題に直結する。
消防用ホースを使って架けた橋。日本の動物園で使われていたものを参考にしたのだという。

ただ、こうした対症療法的な活動では、いつまでも根本的な問題が解決しないという意識もありました。伐採が進むなかで動物が暮らしていくのではなく、動物の生息域を確保しなくてはならないと考えました。そこで農地にされてしまった土地を買い上げ、森として再生することを計画したのですが、費用として当時の金額で200億円程度かかることがわかりました。この額は、とてもサラヤ一社などでまかなえるものではありません。そこで2006年に中立の環境保全団体となる「ボルネオ保全トラスト」を設立しました。サラヤの一事業ではなく、パーム油を使う企業や市民で協力して問題解決に臨むことにしたのです。

土地を買い取り、プランテーションによって分断された熱帯雨林を再びつなげていく「緑の回廊プロジェクト」も進んでいる。

――そのトラストには食品メーカーや洗剤メーカーがこぞって参加してくれたのでしょうか? 

廣岡 残念ながら、それほど大きなムーブメントにはできていないのが現状です。ほかの企業さんが参加しやすいよう中立の団体を作りましたが、サラヤが最初に声を上げたことで「食品の問題ではなく、洗剤の問題」として受け取られてしまったんですね。そのため大手の食品メーカーは参加をされず、洗剤メーカーも競合するからか参加してくれませんでした。 

また、当然の話ですが支援活動にはコストがかかります。なので、多くの企業にとっては自分たちに火の粉がかかってこない限り、積極的な参加ではなく静観にとどめたい問題です。これは、取り組みの発端となったテレビ番組の取材がなぜ大手食品メーカーや洗剤メーカーではなくサラヤに来たのか、という話にもつながっています。つまり、ほとんどのメーカーさんが取材を断っていたんですね。

変わりゆく社会の風向き。大切なのは継続するための仕組みづくり。

――今でも、多くの企業が「RSPO」や「ボルネオ保全トラスト」に消極的な状況は続いているのでしょうか。 

廣岡 現在では『キリンビバレッジ株式会社』さんが「ボルネオ保全トラスト」に参加して自動販売機での売り上げの一部を活動資金として寄付してくれています。また、我々が参加した当初のRSPO加盟企業は83社でした。しかし現在では、大手洗剤メーカーはもちろん、大手の食品メーカーも「RSPO」に加盟しています。「ボルネオ保全トラスト」や「RSPO」の活動が国内でも少しずつ浸透してきていると感じています。 

――それを聞いて少し安心しました。サラヤはボルネオ保全トラストにはどのように関わっているのですか。 

廣岡 「ヤシノミ洗剤」をはじめとするパーム油関連商品の売り上げの1パーセントを「ボルネオ保全トラスト」の支援にあてています。サラヤでは環境保全活動や社会貢献活動などを、一時の寄附や慈善活動にせず、ビジネスと結びつけることにしています。なぜかというと、本業と関係のない慈善事業にしてしまうと、本業の調子が悪いときなどに「ここを縮小しよう」という話になりがちです。そういった不安定な状況では、支援する側だけでなく実際に現地で働く人なども取り組みに集中できません。 

一時「CSR(Corporate social responsibility=企業の社会的責任 )」という言葉が流行して、これに押されるかたちで多くの企業が社会貢献活動を始めましたが、その多くが継続できていないと聞いています。それはなぜかと言うと、本業に結び付いていないからです。先ほど支援活動にはコストがかかると言いましたが、サラヤの社内でもボルネオでの取り組みを始めた当初は「なぜそんな利益にならないことをするんだ」という声がありました。 

そこで、保全活動とビジネスをしっかり紐づけることにしたんです。保全活動がうまくいくことが、自分たちのビジネスがうまくいくことにつながる、そうすれば自然と取り組みにも力が入りますよね。保全活動に取り組むことで現地を守ることはもちろん、サラヤの商品にも興味を持ってもらい、そのことで売り上げが伸びる。そうすればさらに現地に還元することができるようになり、好循環を生むことができます。これは「コーズ・リレーテッド・マーケティング」というのですが、こうすることで本業と自然保全活動を両立し、継続していくことができるのではないかと思っています。

――最後になりますが、サラヤさんは社会課題の解決のため、これまでボルネオ、ウガンダ、桂林などさまざまな地域で環境保全活動や社会貢献活動、地域経済の創出などに携わってきました。これから取り組みたい社会課題などはあるのでしょうか。 

廣岡 いまは、海や水産資源の問題に着目しています。海水温の上昇やマイクロプラスチックなど、私たちを取り巻く海はさまざまな問題を抱えている状況です。この課題解決に取り組むべく、イニシアチブ(行動指針・原則)を定め、動き始めています。これは一例ですが、長崎県・対馬市と共同で「ごみゼロアイランド」を目指す対馬市を「対馬モデル」として循環経済のモデル都市にするための研究・開発などに着手しています。

今後も引き続き、日本だけでなく世界の社会課題に目を向け、ビジネスを通じてその解決に取り組むことで、社会への貢献を続けていければと考えています。

廣岡竜也(ひろおか・たつや)
『サラヤ』広報宣伝統括部 統括部長。
芸術大学卒業後、広告代理店を経て2001年『サラヤ』入社。「ヤシノミ洗剤」「ラカントS」などのブランドを手がける。

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